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伝説の高校球児としてプロ野球でも活躍した清原和博さん。

プロ引退後には、素行の悪さでマイナスなイメージが付いてしまってますが、今後の野球界復帰に向けての努力が垣間見れてます。

実際に清原和博さんの話をタブーしてる風潮は強く、2017年に広陵の中村選手が甲子園本塁打記録を更新した際も、本人の言及がありながらも報道の仕方は慎重でした。

私生活でどれだけヤバイことをやらかしていても、PL学園時代の清原和博さんを忘れることなんてできませんから、何か複雑な想いがありますね。

今年の2019年3月5日に最愛だった母を亡くしていたことをが3月16日にメディアで報道されました。

母の手一つで清原さんを育て、PL学園まで導いた強い母親でした。

清原和博の母が死去

清原さんは、最後に最愛の母を看取ることができなかったそうです。

翌日のイベントに首席した清原さんは、その日は初めての公の場でした。きっと素行の見直しに対して、強い決意が固まったと信じたいです。

関係者によると、清原氏は母の容体急変の連絡を受け、大阪市内の弘子さんのもとへ向かったが、同日亡くなったという。

清原氏はその翌日の6日、都内へ戻り、厚生労働省主催の依存症についての啓発イベントに出席した。16年に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けて以降、初めての公の場だった。母の悲報をこらえての出席だったことになる。

このイベント後に、清原氏は大阪に戻り、近親者のみで行われた通夜、葬儀告別式に参列した。引用:ヤフーニュース

通夜や葬儀・告別式は親近者のみで行われたそうです。

清原さんがあの問題で揺れ動いてた2016年頃に母親は体調を崩していたみたいです。すでに認知症を発症させており、清原さんの事件のことは理解してなかったようです。

自分のことで色々と大変な中、メンタル的にとても辛い時期を過ごしたんだなと思われます。

事件のあとは自分の息子に会いたいと語っていましたし、長年の親友も亡くしました。これ以上はないってほど精神的に参ってると思われます。

桑田さんが語るような人生の逆転満塁本塁打を打てるのか・・・とてもシビアな状況だと思います。

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清原と母の中学高校時代のエピソード

清原さんの地元は大阪の岸和田市で、実家は「清原電気商会」という東芝と提携する電器店です。

清原さんのお父さんは外での仕事が多く、祖父母とお母さんが店舗で頑張って仕事しながらも、清原さんと弟さんの面倒を見ていました。

清原さんは小学生、中学生の頃と打者しても投手としても異色な才能を発揮し、3年の頃には30を超える強豪校からスカウトが来ていました。

お母さんは清原さんが子供の頃から甲子園をテレビで見せて、息子に「あんなもここに出るんやで」とハッパをかけました。

お母さんは清原さんに毎日20キロの走り込みを課し、自転車で息子を追いながら練習に付き合ったのです。ランニングが終わるまで晩御飯は出さなかったそうです。

今ではお父さんと球児の幼少期が美談としてよく出ますが、お母さんが付き合う話はなかなかありません。それだけ気合いの入った方だったのでしょう。

さらにお母さんは最初、息子を天理高校に進学させる予定でした。母の地元が奈良県の天理で、進学を想定して天理教に入ったのです。

しかし、清原さん本人が、1年生が練習に参加しているPL学園の方が魅力的だとして、その後にPL教に切り替えたのです。簡単に言いますが、とても難しい決断だったと思います。

その後、天理教はPLで活躍する清原さんを祝福し続けたからすごいです。しっかりと天理にお詫びをして良い関係を続けたお母さんの人間力があったからだといえます。

さらにドラフト会議で巨人に裏切られた形で西武に入った息子に対して「あんたが勝手に巨人に片思いしてフラれただけや」として、清原さんを納得させたのです。この時の言葉は名言として語り継がれてます。

生活の全てを息子に向け、息子もそれに答えて頑張る。すごいエピソードです。

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清原が野球引退を決めた時

清原さんの支えはお母さんだけでなく祖父母の存在もありました。

彼がプロ野球引退を決めたある時、お母さんと祖父母のお墓参りに行ったそうです。

その時に清原さんが久々にお母さんをおんぶしてあげると言い出しました。

お母さんも何かを察していたそうです。

清原さんはお母さんをおんぶしながら、祖父母のお墓に続く坂を登ってる時に、「お母さん、俺な、野球辞めるわ」と言ったのです。

そしてお母さんは「わかった。もう辞め」と嗚咽をあげて息子に言いました。

野球を始めて辞める前、一番そばで寄り添ったお母さんの存在は、清原さんにとってはかけがえのない存在だったと思います。

活躍できてる時に人がワァーっと寄って、悪くなれば去るような経験が多かったからこそ、その一途な想いは尊いものだったと思います。

 

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