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永田裕治(元報徳監督)の現在はU18。経歴・嫁・子供。退任の理由今でも尚、高校野球では横綱級の立ち位置である兵庫・報徳学園。

そこで長く監督として名門を鍛え上げたのが永田裕治監督でした。

かつては選手としては報徳学園にて金村投手(同期)を擁して甲子園優勝の実績を誇ります。

さらには監督としてはこれまで春10度、夏7度と甲子園に出場。

2002年は大谷智久(ロッテ)を擁してセンバツ優勝。選手でも監督でも頂点に立ったエゲツない方です。

すでに報徳の監督からは勇退してる永田さんですが、現在はなにをされているのでしょうか?

または、なぜ報徳学園の監督を、若くして退任されたのでしょうか?

永田裕志監督が報徳学園を退任した理由は?

永田監督は2017年の春選抜を最後に、高校野球の監督を引退されてます。

当時にしてまだ50歳。まだまだこれから甲子園で見れる監督さんだと思っていたので衝撃的でした。

この日午後、甲子園出場を決めた野球部員の前で「1つ報告がある」と前置きして「この春を最後の采配にしたい」と報告した。今年1月に退任の意志を伝えた住友正博校長には慰留されたが翻意には至らなかった。永田監督は「これまで自分の後継者作りも意識してやってきました。今回のチームは本当に弱いチームですが、下級生には楽しみな選手がいます。選手がいなくて渡すのではないから、1つの区切りをつけたいと思った」と語った。永田監督は1月中旬、後任として、同校出身で教え子の野球部部長・大角健二(36)を直接指名して快諾を得た。大角氏は「この甲子園で最後の恩返しをしたい。そして永田監督の全員野球を継承したい」と神妙に話した。引用元:Yahoo!ニュース

永田監督の退任が発表されると、多くの高校野球ファンが、特別な裏事情があると勘ぐったことでしょう。

確かに時期的に不自然過ぎました。

ちなみに最後の采配であった2017年の選抜大会ではチームはベスト4まで駆け上がり結果を残しました。

最後の最後に選手たちが監督のために勝利を捧げる姿に、多くの高校野球ファンが感動しました。

それでは、なぜ永田監督は退任したのか?

その理由は「良い形でバトンを渡したかった」からです。

実は、当時の報徳学園は永田監督の下の指導者が充実していたのです。

現在監督である大角監督は97、98年と4季連続で甲子園出場した時の捕手。

当時の大角健二現部長が永田監督の後を継いで監督に就任することが決まっていました。

大角監督は同校卒業後、立命大を経て、2003年からコーチになり、13年間ともに戦った戦友なのです。

大角監督は当時から生徒たちからの人望もあり、永田監督が監督のポジションをバトンを渡せるまでに成長していたのです。

2017年当時の報徳は1年生から充実した戦力がおり、チームとしては将来が楽しみな形でした。

もともと、早めに監督を辞めたかった理由はわかりませんが、17年の春に退任した理由は、次期大角監督に鮮度の良いチームを受け継がせたかったのが理由です。

永田裕治監督の経歴

出身高校:報徳学園(金村の同期として優勝)

出身大学:中京大学

既婚者:家族は嫁さんとのエピソードしかありません。子供はいるはずですが、具体的な詳細は不明です。

過去に教え子の大学進学のために、家族にお金を借りてまで挨拶周りに回った熱血漢でもあります。

練習は鬼のように厳しいですが、卒業後は自分の子供のように面倒を見てあげているという優しい監督さんのようです。

監督としては春10度、夏7度と甲子園に出場してます。

現在の永田裕志監督はU18日本代表の監督!

報徳学園の監督を勇退された永田さんですが、現在は監督業を続けているそうです。

しかも、監督してるのがU18というから驚き!なんとハイスペックな・・・。

日本高野連は21日、大阪市内で理事会を開き、第12回U18アジア選手権(9月初旬、宮崎)に出場する高校日本代表の監督に、元報徳学園監督の永田裕治氏(54)を選任したと発表した。任期は来年開催予定のU18W杯までとなる。引用元:Yahoo!ニュース

やはり指導力であったり、試合の勝ち方であったり、高校野球の世界では誰もが認める方ということがわかります。

永田監督の選出について、日本高野連の方々は、

「選手としても監督としても報徳学園で全国優勝を経験されているし、実績、手腕、選手を見る目が非常にすぐれている」

と当時説明されてました。

同期の金村さんは高校時代のエピソードを漫談のように面白おかしく語って仕事をゲットしてますが、永田さんが監督としてここまで地位をあげたのとは対称で面白いですね・・・笑。

 

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